英国便り

ああ寒ぶ、とフィールドではタフだった私がつぶやいたほど、英国では春から初夏にかけて気温が低い日が続いた。二月は暖かかった。三月に段々冬に戻って四月に入ると雪や霙が降った。五月に数日夏があり、また涼しすぎる日が続いた。イタリア人の同僚はイギリスには夏が無いと言う。(真冬はそれほどは寒くない。)イギリス人は湿度の低い摂氏25度でとても暑いと言う。そして、イギリスの天気は変わりやすい。天気予報は毎日同じようなものだ。「晴れ間がのぞき、にわか雨があるでしょう」(sunny spells and showers)。お天気マークも雲の後ろに太陽が少し顔をのぞかせ、雲の下には雨、というのが多い。5分で快晴から雨なんて日常茶飯事だ。狐の嫁入りも多い。

五月下旬、私と大家さん(30代の教師)とでウエールズとイングランドの境界にあるブッラクマウンテン国立公園をハイクした。朝は快晴、たっぷりとブランチを摂って昼から山に入ったのだが、その頃にはぽつぽつと降り出していた。二時間後、尾根へ出たら風雨と10メートル以下の視界の霧が山全体を覆った。見晴らしの良いはずのハイクがただ泥濘と霧だけを見つめて軍隊行進のように歩いた。午後8時に麓にあるコテージに到着した時、雨は止んでいた。熱いシャワーと暖かい食事を味わうためだけにハイクしたみたいだったが、これもイギリスの自然だろう。暖炉の火がウエルカム・ホームと言っていた。

イギリスの夏(あるのか?)で良いところは、午後9時半まで明るいということだろう。仕事を終えてからもテニスなどできる。パブには裏庭のあるところが多くて、晴れた日にはビールを夕方から明るい屋外で何時間も飲む事ができる。ただし、気温は高くないので風が吹けば少し寒い。冷えたラガーに飽きれば室温のビターという手がある。グランドに面したパブや公園のベンチではクリケットの試合を見ながらというのが英国風らしいが、クリケットは見ていてもさっぱり分らない。ともあれ、スポーツは見るもんではなくやるもんや、と私などは思う。(テニスや格闘技は見取稽古ができるけれど。)イギリスでスポーツと言えばフットボール(サッカー)、クリケット、テニス、ホッケー、ラグビー、ロウイング(ボート)といったところ。野球はしているのを見た事が無い。

野生動物に関して気づいた事と言えば、(少なくともオックスフォード近辺では)鳥たちは人を恐がらない。カモのペアが、カレッジの中庭に座っていたり、早朝、建物の入り口で開店を待つ人間みたいにドアを見つめていたりする。大学公園の池ではハクチョウが毎年巣を作り、人々は卵を抱く親や孵ったばかりの雛を3メートルの至近距離で観ている。運河のバンやガンなどを観察するのにも双眼鏡は要らない。囀る小鳥たちは垣根(ヘッジ)や薮の中、手の届きそうな位置で大声で歌う。先日はミミズの多い事を体感した。芝生の上で腹筋運動を200回ほどしたら、私のお尻が草を押し倒した部分から大きなミミズが十匹近く出てきた。お騒がせして迷惑をかけたらしい。それ以後は堅いベンチの上で腹筋をするようにしている。芝生や放牧地の地面をよく見ると、土粒に囲まれたミミズの穴だらけである。アナグマやハリネズミが食事に困らない訳だ。また、春はネズミの受難の季節かもしれない。下宿のネコが、生きたマウスや死んだラットを家に持ち帰ってくる。去年は2匹助ける事ができたが、今年は1匹下半身が麻痺していたため動物学部の技術者に安楽死させてもらった。去年のネズミ騒動では、私の部屋にネコによって放逐されたネズミがとても元気だったので人間の前足では捕まえられず、研究室の箱罠を持ち帰って三日掛かりで捕獲し裏庭に放した。(何故三日も掛ったのか?お腹が減っては可哀相なので、食物rodent mixと水はクロゼットの下に置き、罠のベイトにはブルーチーズを使った。)その間、ドアの外ではネコが入りたいと言ってゴソゴソ、夜中は部屋のネズミがカサカサと走り回っていた。家にネコが居ればネズミが居ないはずなのだが…。

この春、オフィス・メイトのラットのリリーが亡くなった。食餌行動の研究に使われたあと引退したのを研究室で飼っていた。3年以上も生きて丸まると太って、はじめて見る人は動物学専攻の学生でさえ「これは何?」と聞いたものだ。ある朝、急にキューキューと鳴き出し手当ての仕様が無く、その昼には大学の獣医に安楽死させてもらわなければならなかった。毎日公園のタンポポの葉を持ち帰ってあげる習慣があったので、美味しそうなタンポポの葉を見るたびリリーを思い出す。野生のラットと比べると小錦みたいな体型のホルスタイン模様で、かつての仕事柄からか本当に食べる事が得意なラットであった。

インターネットでナウシカとラピュタのページを見つけ、テーマ音楽をダウンロードできた。これも「らん、らん、らららんらんらん…」とレクイエムを聞きながら書いている。アニメが恋しいこの頃である。

(『たぬき道』29号 2000年7月)