腑分けの記

(スプラッターのような表現は無いつもりですが、ご飯前などに読むのは控えた方が良いかと。)

去る5月8日のこと、携帯電話が鳴った。「アナグマの死体、要りますか?」という秋田県から知人の問い合わせだった。自宅の標本専用冷凍庫は満杯だったが、思わず「ええ、是非。」と答えていた。冷凍クール宅急便が、翌日土曜昼過ぎ着いた。すっかり凍っていたので日曜に解剖することにして、台所の隅へ箱ごと置いておく。

翌午前8時、死体に触れてみるとまだ全解凍していないようだったが、気温が上がりそうだったので準備に取り掛かる。生憎、解剖用のメスやハサミや保存容器はつくばの研究室に置いてある。メスはカッターナイフで代用することにした。このようないい加減さが、解剖ではなく“腑分け”と称する由縁である。後、巻尺、ノギス、アルコール、冷凍用ビニル袋、バネ秤、筆記用具、ピンセット、マスク、ビニル極薄手袋等を用意する。アルコール保存容器はキムチが入っていたプラスチック容器等を代用する。またもやいい加減だ。愛車エスクードのおよそ一畳大のプラスチックパンを部屋に持ち込んで、解剖台とする。書斎・食堂・寝室・居間兼用の十畳一間なので場所の選択の余地は無い。

さて、開腹の前に外観をみてから体側である。主な外傷は頭部にあり、車に撥ねられたと思われる。内腿に擦過傷もあった。即死だったろうから、苦しみはしなかっただろう。急な死の理不尽さは変わらないけれど。バネ秤は8キロまでのしか手元にないので、アナグマが大物でないことを願いながら量ると6.2キロだった。全長、尾長、耳長、後肢長、睾丸長、頭周り、首周り、胸周り、胴回りを順次記録する。さすがは、アナグマ、頭と首周りがほぼ同じ。というか、首のほうが6ミリ大きい(頭部傷害要因±誤差)。

いよいよ、開腹である。はっきり言って嫌な仕事だ。硬直の解けていない体を仰向けに支えながら、カッターナイフ先を横隔膜の上部くらいに入れ、徐々に下に向かって開いていく。時期的に殆ど皮下脂肪は無く、すぐに腹膜に当たる。腹腔には血が溜まり、内臓からも出血しているようだ。まずは胃を探る。食道と切り離し、その切り口を押さえながら今度は十二指腸手前にナイフを入れる。そうっと取り出しビニル袋に入れて重さを量ると200グラムあった。どうやら空きっ腹を抱えて死んだのではないようだ。次に腸を辿り、血管や脂肪のついた網状の腸間膜を剥がしながら直腸で切り、これも袋に入れ量ると300グラムだった。腎臓、肝臓、膵臓、脾臓など取り出していく。肝臓は、いくつもの房に分かれ結構でかく、250グラムあった。精巣と陰茎骨も外側から摘出した。それから横隔膜を破り胸腔に移る。なるべく肋骨を傷つけないようにして心臓と肺臓を探り出す。見えないので言葉通り手探りである。腎臓同様、心臓の周りにも殆ど脂肪は付いていなかった。しかし、全体の筋肉はしっかりしいていたので、これがこの時期のアナグマの状態なのだろう。皆、ぎりぎりで生きている。

冷凍庫スペースと容器の関係で、肝臓と大・小腸を冷凍保存、その他の摘出部位をアルコール保存して、腑分けは終わった。部屋には窓を開けていたにも拘らず生臭い血の匂いが充満し、バスタブでプラスチックパンを洗うと血が広がり流れた。サスペンス番組のバラバラ殺人事件の一コマのようだ。普段、おざなりの風呂洗いをこの時はしっかりとした。確かに、腑分けは普通の住居(それも借家)でするものではない。新しい死体だったので腐敗臭は無いし、タヌキのような独特の臭みもないので強行した腑分けだったが、次の日も、部屋の空気は血の匂いが微かにしていた。

このアナグマは、その後、DNA標本と骨格標本にも利用されることとなった。(合掌)

(『たぬき道』39号 2003年7月)