テンシンポ珍道中
ニホンテン

八月にカナダでMartes 2000という第三回テンの国際シンポジウムがあり、ポスター発表で参加した。なぜタヌキの私がテンを?というと、シンポの中心人物がメイン大で指導教官だったDan Harrisonで、日本のテンの紹介を頼まれたからだ。そこで細田さん、鑪さんと連絡を取り合ってポスター作製となった。今では世界で一番研究されているといってもよい程になったメイン州のテンだが、このDanの率いるプロジェクトにおいて研究された300余頭ものテンの第1頭目を捕獲したのもテレメで追いかけたのも、何を隠そうこの私なのだ。ここには研究発表以外のシンポ道中を日記風に書いてみた。

8月10日。3:45 起床。バス停まで25分歩き、4:30のバスでヒースロー空港へ。8:00発JFK行。7時間でニューヨーク。ボストン行へ乗り継ぐ。1時間ちょっとでボストン。空から見た感じではNYより懐かしい感じがした。バスを待つこと1時間半。15:45発のバスは昔NYから乗ったグレイハウンドと違い、映画や音楽を鑑賞しながら最前の見晴らしのよい席の心地よさ。途中、運転手が路肩にバスを停めて後部にあるトイレに用足しに行った時は呆れたけれど。メイン・ターンパイクは何度も運転したなじみの道路で、時間が戻ったようだ。道路脇の植生の同定ができる。メイン州バンガー到着は20:30。空港の外のファーストフード店がまばらにあるところへほっぽり出された。しかし、ここはメイン。迷わずイエローページを繰り隣町オロノにあるモーターインへ、部屋があるか問い合わせてからタクシーを呼ぶ。キャブの運ちゃんはGFを助手席に乗せていて一瞬戸惑った。(助手席犬キャブには乗ったことがあるが。)久し振りのアメリカ英語、聞かれるままに少し饒舌になる。21時過ぎにチェックインしてからビールを買いにダウンタウンへ。カフェ、バー、酒屋、レンタルビデオ店、スーパーマーケットなどの店が数軒ある以外閑散としているのは変わっていない。ローリングロック6本を手に、スティルウォーター川に架かる橋をゆっくり歩く。久し振りに風呂に入る。いつもランニングやテニスの後のシャワーばかりなので、ゆったりと湯に浸かることは半年ぶり(つまり日本以来)。ペーパーバックとビールを携えて湯に浸る。次の贅沢はテレビ。ドラマを1本見てニュースを見てビール5本目を飲んだら眠たくなった。そういえば飛行機でもバスでも殆ど眠らず映画と本に費やしていた。23:30に消灯。イギリス時間で午前4:30。

翌朝、4:30に目覚め、本を読んでいたらまたうとうととして、今度は6:15に空腹で起床。アメリカの宿は風呂もベッドもテレビも部屋も大きくて快適だけど、朝食はイギリス式が良い。コンチネンタルでは辛いものがある。8:00に古巣の野生生物生態学部へ。荷物を置いて先ずは図書館!オックスフォードの図書館に比べると最新のビルに見える。私はここのピリオディカルスタックが好きで、狭い階段で結ばれた階層を行ったり来たりしてよくメモやコピーをとった。完全にメイン大生にもどり、文献を漁る。昼前ダウンタウンのパットの店でホット・サブマリンを食べる。ここは1940年代から余り変化がないような内装と雰囲気で、特に学生の居ない時は地元のおっちゃんおばちゃんが寛ぐ。25セントで聞ける小型ジュークボックスが各テーブルにあり曲は中途半端に古い。アメリカ映画でよく見掛ける田舎町のカフェがこんな風である。炎天下でも涼しい中、大学までまた歩くこと15分。昔は車で行き来していた道路なのでこんなに遠いとは思わなかった。キャンパスもだだっ広くて、写真でも撮ろうかとは思うのだけど、芝生と一つの建物でフレーム一杯になり大学の雰囲気は出ない。ユニオン(生協)で本と帽子とTシャツを買った。大学のロゴ入りだ。因みにメイン大はUMAINEと表示されることが多く、ローマ字読みでは「うまいね」となる。この夜はメイン大の研究者でシンポ講演者の自宅に泊まらせてもらい、ヘラジカのハンバーガーとチキンのBBQと地ビールで精気を養う。大型犬が三頭もいて、私の顔は綻びっぱなし。犬の体重をぴったり当てて驚かれる。

12日4:00出発。5人と荷物でぎゅうぎゅう詰めのアメリカ政府御用達の車で、メイン州から陸路でカナダに入り、ブランズウィック州を横切り、ノヴァスコチア州の北端ニューシドニー発のフェリー乗り場まで10時間余り。そして時速85キロという高速船(クジラを轢いたとの噂がある)で3時間、一路ニュフィランド島へ。カナダ人のアメリカに対する気持ちは複雑なようだ。子供がナンバープレートを見て‘It's an American Government vehicle!’(アメリカ政府の車だ!)と言った時は、皆振り向いたし、冗談で「乗っ取りにきたのかい」と聞く人もいたが、結局カナダ人は、自然に興味があり、テンに対する意識はすこぶる高いと知った。ともかく北米では野生生物研究者は尊敬される職業なのである。海は時化て二階のレストランへ上がると真っ直ぐに歩けないほど揺れた。皆んな‘酔拳’の態になる。コップを押さえながらではゆっくりと食べてはいられない。甲板では嘔吐のオンパレードだったと後で聞いた。スクラブルという英単語を作ってするオセロのようなゲーム(アメリカ人相手にすると随分不利だがブービー賞)をした後、仮眠した。下船して近くのB&Bで一泊する。本が一杯、清潔で広い部屋、文句無し。

13日。足元も暗い5:30にランニングに出る。車中と船中で固まっていた筋肉をほぐす。ルーン(アビの一種で、カナダの1ドル硬貨を飾りそれをルーニーと呼ぶ)の声で心もほぐれる。日の出が丁度入り江に差し掛かった時で、水面が染まっていくのをゆっくり走りながら観賞できた。皆の起床時刻7:00に宿に戻る。推定10マイル走った。B&Bのおばさんが、「一日半前の夜、すぐそこでヘラジカと事故を起こして一人が死んだから運転には気をつけて」と送り出してくれた。そして途中見たヘラジカの血だらけの巨大な肉塊が、壮絶な衝突を物語っていた。メイン州ほどではないが、ニュフィランドはヘラジカの密度が高く、1平方キロあたり8頭ともいう。

シンポ会場のあるコーナーブルックへ昼前に到着し、大学寮にチェックインしてから、世界自然遺産にも認定されたGros Morne 国立公園へ向かう。テーブルランドと呼ばれる山々は、赤茶色の岩がゴロゴロして食虫植物以外目立った植生は殆ど無く、表面が煉瓦積み状に青緑色に染まった不思議な石が転がっている。頂上近くには残雪が光り、そこから流れている小川は冷たかった。時間が無いということで一番短いこのトレイルに決めたが、海までドライブして結局ゆっくりしてしまった。寸前まで練習の要る口頭と違い、ポスター発表というのは作った後は気楽で良い。目前でミサゴが魚を掴んで飛び立ち、頭上で魚が動いているところまで見えた。あれは美味しいだろうと、魚の受難を食べる方で受け入れてしまっていた。

その夜は、アイスブレーカーという前夜祭がり、日本からの参加者3名とも出会う。ビール/ワイン券2枚を支給され、たっぷり用意されたサンドイッチやら手羽先を頬張った。飲み物券はその後何度も手渡され、「たった2枚?」という当初の不満が解消される。このシンポは食事付きで、二日目の夕食はロブスター、ヘラジカバーガー、トナカイのホットドッグなどのニュフィランドらしいメニューで、三日目は街のインでのディナーだった。皆はロブスターの頭(ミソと卵)を食べないので三つも食べた。朝食と昼食は大学のカフェテリアで支給され、行くのには苦労したが食事は◎のシンポだった。

34本の口頭発表と15本のポスター発表、百名近くの参加者で、テンだけでよく集まったものだと思う。しかもカナダの果て、グリーンランドの南という開催地。ヴァイキング1000というお祭りがあり、直通便の航空券の値段が倍ほどになっている。こっちはマーテス 2000だぜ、と威張ってみたけど仕方なし。しかし連日の発表と討論は、値打ちのあるものだった。オープニングコメントからジョークで始まり、発表や意見交換も和気藹々で笑いの多いシンポでもあった。スケジュールはきちきちで質問をする時間が限られた発表も多かったが、「テンに適する生息地とは何か」というテーマで行われた討論会の最後に、私は手を挙げて意見を述べた。「テンの固定された生息地の質や要因というようなものは無く、気まぐれで予期不可能な人間による林業活動や生息地管理に、テンはその都度適応してきたのではないか」と。討論会の趣旨をひっくり返すような発言に、一緒に旅したアメリカ人研究者は思わず、「ミドリ、過激だなあ」との声をあげたが、後で若手研究者2名から肯定のコメントを貰った。

16日午後には「グローバルな視点からのテンの現状と生息地」というフォーラムが開かれた。各地、各国のテンの状況が次々と語られていく。何と言っても北米参加者が多い中、英国、ポルトガル、ポーランドとヨーロッパに移った。嫌な予感がして私は思わず会場を見渡した。日本人三人組が見当たらない。当然のごとくDanは最後に日本のテン、と私を指名。フルタイム・タヌキの研究者で英国在住で云々…の逃げ口上はきっぱりと無視された。なんとかかんとか日本の森林状況などを中心に話し終えたら、今度はシンポのプロシーディング(論文集)に「世界のテン」という章を入れることに決まり、またしても日本のテンについて書けとの言い渡し。よく考えるとアジアからは日本しか参加していない。アジアのテンついて書けと言われるよりましか。しかし締め切りが9月末とは!

写真撮影の後、5人詰めの車で出発。翌日にはフィールドトリップがあるのだけど、私たちにはその余裕はなく、心を残して帰路につく。途中ピザ屋で夕食を摂る。屋内が暑かったので外にテーブルを並べる。屋外で酒を飲ますのを法律で禁じられているらしく、おかみさんの窮の策としてコーヒーカップでビールやワインを飲むことになった。で、このレッドコーヒーは美味いなあと言いつつ赤ワインを飲んだ。地元スタッフ推薦のピザは美味しく、分厚い10インチをぺろりと平らげた。その夜は23時過ぎにB&B到着、翌朝船出は7:00である。

また十数時間かけてメインへ戻る。実際はどんどん英国から離れているのだ。途中ハクトウワシを3度も目撃できた。メインで一泊した後バスでボストン、そこからロンドンへの直行便が取れ、19日朝ヒースローへ降り立つ。この便はまさしくメインとニュフィランドの真上を飛行していった。モニターで確認するたびクソっと思ったが、メインに寄れて良かったし、あんな田舎町を繋げて走る長距離ドライブも日本やイギリスではできない。湿地と森のメイン、平らなブランズウィック、海と山が交叉するノヴァスコチア、氷河に引っ掻かれた地形のニュフィランド。シンポのサブテーマの‘ランドスケープ’を実感できた。スケジュールは大変だったが、実りの多い旅だった。

次回は、2004年ポルトガルで開催予定。2010年位に日本で開催できたらすばらしいのだけど。(そりゃMartes 3000になるだろう、と言うのは誰じゃ?)

(『たぬき道』30号 2000年11月) 2000年8月23日記