第四回国際テン・シンポジウム

「食い倒れ?」

2004年7月、久しぶりに国外にでることになった。直行便が無いポルトガルへは、パリ経由でリスボンへ。成田発最終便で到着は現地時間の翌朝9時だ。空港には4年振りに会うリスボン大学教授のマルガリーダ・サントス博士が迎えにきてくれていた。苦手な西洋式の抱擁と両頬にキスも久しぶり(イヌなら全然OKなんだけど)。アメリカのユタ州立大学から来た大御所、ジョン・ビソネット教授とも合流した。彼と便が同じだった元同窓生らしいUCLAバークレイ校のトム・クセラ博士も乗せて、マルガリーダの車は、大阪中央環状線並みの交通量と運転マナーの中、何とか走り抜けた。

ホテルは最上11階の部屋で、リスボン大学が一望できる。個人参加ではとても泊まれない贅沢さに、招いてもらった幸運に戸惑った。夕方から旧市街に出ようとジョンとトムと約束していたが、睡眠より食事重視の私は、昼食は一人で食べに出た。ポルトガル語の全く分からない私が、日本語は勿論、英語も通じない地元の食堂に入った。魚(fish)だと言うお勧め料理とビールを注文した。時間を掛けて準備された料理は、(多分)鱸(スズキ)の炭焼きと温野菜だった。ビールを突き出し(?)のオリーブの実で飲み終えてしまったので、身振りでもう一本注文した。料理は、コックのおじさんにオリーブオイルと酢をかけて食べるのだと手振りで教えてもらった。食べ終えて、ボン(美味い)とだけ言ったら、おじさんはにっこりしてオブリガード(ありがとう)と言った。その後、必要に迫られてセルヴェージャ(ビール)、ヴィーニョ(ワイン)、ティント(赤)、ブランコ(白)、コンタ(勘定)などはすぐ覚えたし、ウイント・ボン(凄く美味かった)も、ボン・ディア(こんにちは)より早く言えた。



↑Baxiaのレストラン街

               Alfamaの町並み→

旧市街のバイシャBaxiaは、通りのセクションによって店などが変わる。私のお気に入りは勿論ファッション、ではなくて食堂街である。ジョンが一つ一つメニューを吟味するのに付き合ってやっと決まったレストランテの通りに出した席に座る。ここでは誰も室内で食事を取ろうとはしない。同行のおじさん達が元気にビールを飲む中、ジョッキ一杯だけ付き合って赤ワインを頼んだ。前菜のチーズと腸詰と料理(メイン・ディッシュ)に音無き舌鼓をうつ。(まだまだ腹鼓まではいかないね…。)

リスボン大学の学食も中々良かったし、ワイン・テイスティングも、晩餐会も、フィールド・トリップの昼食も、シンポジウム実行委員会の努力のお陰で皆、満足のいくものだった。しかし、何と言っても、言葉が通じないレストランテで、注文した料理が出てくるのをわくわくして待つのは楽しかった。(たぶん)肉、(たぶん)鳥、(たぶん)魚。どれも美味しくはずれがない。ワインも安くて品は良かった。

只一つ例外をあげれば、発表前夜に原稿を練るため外食を止め、スーパーで買った紙パック・ワイン(1ℓ)をレトルト・パテとトマト煮鰯缶詰のつまみでホテルの部屋で、飲んだときくらい。日本で書いた分の原稿はゆっくりしゃべっても半時間余り。(一時間枠なのですよ、これが。)現地で得られた情報と、冗談(ジョーク)をPC無しで書きなぐって(後で読める保証は無いけど)、数時間が過ぎていった。

「シンポジウム」

参加者数70余名、参加国数16カ国。参加者数こそ前回に劣るものの、参加国は一気に増えた。名実共に「国際シンポ」となった。しかし、アジアからは日本とロシアからの参加のみ。なんとかせにゃ。

このシンポの基本方針講演は三本あり、毎朝、それから始まる。テーマ「21世紀のテン問題」として、「ヨーロッパから学ぶこと」「北米から学ぶこと」「アジアから学ぶこと」。

野生生物から学ぶことは多いけれど、アジアの野生生物生態学全般において分かっていることは少ない。生物多様性も固有種も絶滅に瀕する種も、面積比で考えなくとも欧米を遥かに凌ぐアジア。テン属8種のうち5種がアジアに生息する。そしてその殆どの種において、正確な分布さえ明らかではない。ニホンテンも然りで、未だ朝鮮半島に分布の記載があるのは間違いらしいと、細田氏に教えてもらった。亜種の数は島の数ほどありそうで、生態学的情報はおろか、英語で検索した限りではほぼヒットなしだ。

「灼熱、フィールド・トリップ」

乾燥した暑さは、「熱さ」と記した方がぴったりだ。日光が皮膚に突き刺さる感じ。日陰で41度あったそうだ。帰国直後のニュースで山火事多発と49度の温度計(日なた)の映像が流れていたポルトガルである。

小川は干上がり、アザミの類の花はあっても皆ほぼドライフラワー状態で、緑色なのは樫の木の葉くらいか。日本とは逆に、下層草本類はこの時期一番枯草(おうど)色になるそうだ。こんな昼間に蠢くのは、哺乳類では能天気な我々ヒトだけだ。
←樫の木

コルク→

しかし、我々はマニアックでもあった。前を歩く者から次々とフィールドサインを見つける。カワウソ、ポールキャット、アナグマ、テン「の」、糞、足跡、食滓、溜糞場、元巣穴だぁ! ドブネズミの足跡かと思われたものも、尻尾の跡がないことやストライドからハリネズミだと皆で協議し落ち着いた。曖昧な同定に妥協しないのもオタク、ではなくデータの重要性を認識するプロフェッショナルならではなのだ。

←ヨーロッパジャネットの糞

そんなこんなで、時間の経つのも忘れるフィールド・トリップだった。ポルトガルでアナグマを捕獲するのが難しいこと、野生生物にとっての夏場の水の貴重さ、人間が移植したユーカリが齎(もたら)した生態学的不毛、山火事多発など、実際に目の当たりにしてこのフィールド・トリップは実の有るものになった。

予定変更もフィールドワーカーの臨機応変性という資質である。突然、帰りに海に寄ることになった。久しぶりの海に、はしゃいで波と仲良くなり、トレッキングシューズとズボンがびしょ濡れになった。

(『たぬき道』44号 2004年9月)